20年間ハードに動いてきたのに、なぜ持久力がないのか
- 有酸素
最近になって有酸素運動を本格的に始めた。自分の体を使った実験でもある。せっかくなので、そこで学び直したことを共有していきたい。今後、体がどう変わっていくかも記事にしていくつもりだ。
きっかけは、単純な危機感だった。
「あれだけやってきたのに」という違和感
自分は4歳からずっと何かしらのスポーツをやってきた。アイスホッケー、剣道、キックボクシングなど。ピーク時は週5〜6日、1回90分以上動いていた。にもかかわらず、昔から持久力だけは一貫して低い。短距離は速いのに、長距離は帰宅部より遅い。この矛盾を、長いあいだ「体質」で片付けていた。
そして最後にハードな競技をしていたのは20年ほど前。そこから有酸素能力は落ち続け、今では筋トレをしていても1時間集中して動き続けられない。数値ではなく体感だが、昔の半分になった感覚がある。
このままあと10年、20年経ったらどうなるか。動けなくなり、疲れやすくなり、一日の後半は体力が尽きる。1歳と3歳の子どもがいて、遊びながら仕事もハードにこなす今の生活は、低下し続ける体力では成り立たなくなる。トレーニングで取り戻せる範囲は、取り戻しておかないといけない——そう思って始めた。
何故持久力がないのか、それはあれだけキツいことをやってきたのに、有酸素能力という引き出しには、一円も貯金していなかったのだ。なぜそうなるのか。ここから少し、生理学の話になる。
有酸素能力は、2つの別々の能力でできている
有酸素能力の中心的な指標に、最大酸素摂取量(VO2max/単位時間に体に取り込める酸素の最大量)というものがある。このVO2maxは、心臓と筋肉の掛け算で決まる。
ひとつは、心臓が酸素をどれだけ送り出せるか。これを中枢因子と呼ぶ。もうひとつは、送られてきた酸素を筋肉がどれだけ抜き取って使えるか。これを末梢因子と呼ぶ。
大事なのは、この2つはまったく別のトレーニングでしか鍛えられないということだ。片方を伸ばしても、もう片方の代わりにはならない。ここが有酸素運動の設計で一番のキモになる。
心臓側(中枢)を鍛えるもの
心臓側で鍛えるのは、心臓が1回の拍動で送り出す血液量(一回拍出量)だ。大量の血液が心臓に戻ってくると、心臓が風船のように大きく引き伸ばされ、その反動で1回の拍出量が増える。これには、心拍数がしっかり上がる強い運動を、ある程度の時間続ける必要がある。だから鍛え方は「高強度」寄りになる。
面白いのは、心臓側の適応は全身に効くことだ。脚のトレーニングで心臓が強くなれば、腕を使う運動でも恩恵がある。
筋肉側(末梢)を鍛えるもの
筋肉側で鍛えるのは、酸素を受け取って使う能力だ。中身は主に3つある。エネルギーを作る工場であるミトコンドリアの量と質、筋肉に酸素を届ける毛細血管の密度、そして疲労物質とされる乳酸を運んで再利用する能力。
これらが増えると、同じ強度でも疲れにくくなり、脂肪をうまく使えるようになる。日常の「疲れにくさ」に直結するのは、実はこの筋肉側の適応の方だ。心臓側が「天井の高さ」を決めるとすれば、筋肉側は「どこまでの強さを、どれだけ長く保てるか」を決める。
そして筋肉側には、厄介な性質がある。鍛えた筋肉にしか効かないのだ。脚の毛細血管を増やしても、肩の毛細血管は増えない。
なぜ低強度でしか鍛えられないのか——「積分」の話
ミトコンドリアや毛細血管を鍛えるには、なぜ長時間の低強度運動が要るのか。
筋肉が収縮するたびに、細胞の中でカルシウムイオンの濃度が上がる。このカルシウムが、「ミトコンドリアを増やせ」という遺伝子のスイッチ(カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼ=CaMKIIや、NFATと呼ばれる転写因子)を押す信号になる。
ただ、このスイッチには特徴がある。信号を受け取ると活性化するが、同時に、それを元に戻そうとする働きも常に動いている。イメージとしては、穴の空いたバケツに水を注いでいる状態だ。注ぐ速さが漏れる速さを上回れば水位は上がるが、注ぐのをやめれば、すぐに抜けきってしまう。
だから重要なのは、信号の強さではなく、途切れずに注ぎ続けた時間の合計——数学でいう積分の値になる。連続した低強度運動では、この注入が途切れないので、スイッチが入りっぱなしになる。逆に、40秒動いて3分休む、を繰り返すと、休んでいる間にバケツの水が毎回抜けきってしまい、次のセットはまたゼロから。いくら合計本数をこなしても、積み上がらない。
この「総量ではなく、途切れないことが決め手」という性質は、1998年のDe KoninckとSchulmanの研究で示された、比較的よく知られた話だ(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9422695/ )。
だから、自分の20年は有酸素に貯金されなかった
ここまで分かると、冒頭の謎が解ける。自分がやってきたアイスホッケー、剣道、キックボクシングは、全部「間欠的な高強度」の競技だ。数十秒全力で動いて、休む。この繰り返し。
つまり、20年間ずっと、さっきの「40秒動いて3分休む」型の刺激だけを出し続けていた。カルシウムのバケツは毎回抜けきり、ミトコンドリアを増やすスイッチは、しっかり入らなかった。週5〜6日90分やっていても、その中で「連続した有酸素刺激」に当たる時間は少なかった。
その反省から組んだ、今のプログラム
以上を踏まえて、今は2種類を分けてやっている。
Aプログラム(心臓側=高強度)は、3分間、最大心拍数の90〜95%で追い込み、2.5分ゆるく流して回復、これを4本。3分という長さには理由がある。運動を始めてから酸素の取り込みが最大近くまで上がるには2分前後かかるので、15秒や30秒では上がりきる前に終わってしまう。3分あって初めて「高い酸素摂取に滞在する時間」が稼げる。
Bプログラム(筋肉側=低強度)は、最大心拍数の60〜65%で30分連続。さっきの「バケツに注ぎ続ける」ためのメニューだ。週3回から始めて、少しずつ増やしていく。
過去の失敗は、強度管理の失敗だった
現役当時、有酸素をやろうとして続かなかった時期がある。原因は今なら分かる。自分は極端な速筋型で体重も重いので、坂道を少し走っただけで筋肉が張ってしまう。しかも短距離が速いぶん、心拍を基準にすると走るペースが遅すぎて「運動した気がしない」。それで無理に速く走ると、心拍が80%くらいまで上がってしまう。この中途半端な強度が最悪で、高強度の恩恵(心臓側)も、低強度の恩恵(筋肉側)も、どちらも得られない領域なのだ。体感だけキツいから、やらない日が増えて、続かなかった。
今回は心拍計をつけ、目標の心拍を淡々とキープしている。強度を体感任せにしないこと。これが過去との一番の違いだ。体重を考えると関節への負担が心配だが、今はまだペースが遅すぎて、そこは問題になっていない。
なぜ、今これをやるのか
最後に、そもそもなぜここまでして有酸素能力を取り戻したいのか。健康診断の数字以上の理由がある。
心肺体力(VO2max)は、寿命と非常に強く相関することが分かっている。Blairらの古典的な研究以来、低い心肺体力は、喫煙・高血圧・高コレステロールといった従来のリスク因子よりも強力な「早死にの予測因子」であることが、繰り返し確認されてきた(Kodama et al., JAMA 2009:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19454641/ )。
さらに近年のCleveland Clinicの研究(約12万人)では、心肺体力が最も低い群は、最も高い群と比べて全死亡リスクが約5倍。この差は、喫煙や糖尿病がもたらすリスクに匹敵する規模だった(Mandsager et al., JAMA Network Open 2018:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30646252/ )。しかも心肺体力は、生活習慣の中で数少ない自分で変えられるリスク因子だ。
あと20年、30年と元気に動ける体でいたい。だとすれば、これは今やる価値のある投資だと思っている。
トレーナーとして、この学びには実務上の教訓もある。「追い込んだ」という主観的なキツさは、何が鍛えられたかを保証しない。キツさと、体に起きる適応の種類は、別物だ。
今後明確な変化が出たら、また続きを書いていこうと思う。
※この記事は、自分のトレーニング設計を理解するために整理した生理学メモをもとにしています。エビデンスの強さには幅があり、たとえば「ミトコンドリアはHIITでも十分増える」とする研究も多くあります。機序の理解はあくまで方針を納得して続けるための材料で、最終的な判断は自分の体の測定値の推移で行うべき、という点は補足しておきます。

