「お金を出すからジムをやらない?」と言われたら、断った方がいい
トレーナーをやっていると、経営者のお客さんから「お金を出すから、自分のジムを持たないか」「一緒にやらないか」と持ちかけられることが、そう珍しくない。実際に、そうやってジムを出すトレーナーもけっこういる。
ただ、自分の考えははっきりしている。ほとんどの場合、きっぱり断った方がいい。理由を一つずつ説明したい。
何のためにお金を出してもらうのか
一番大事なのは、ここだ。何のために、お金を出してもらうのか。
出資という形になる場合、株式の何割かを渡すか、利益の何割かを分けるレベニューシェアになる。人からお金を入れてもらう理由は、突き詰めると二つしかない。資金が足りないか、あるいはステークホルダーを巻き込むことで、一人では届かない大きな目標に挑むか。このどちらかだ。
この二つを、順番に潰していく。
理由1:そもそも、資金はそこまで要らない
まず「資金が足りないから」について。パーソナルジムは、かなりのスモールスタートが可能な業態だ。
個室で始めるなら、300〜400万円もあれば立ち上がる。仮に400万円必要だとしても、自己資金が100万円ほどあれば、日本政策金融公庫などで残りは十分に借りられることが多い。つまり、達成不可能な金額ではない。
自己資金がまったくないから、そこを飛ばして人に出してもらいたい——というのは、正直、早すぎると思う。どこかで雇われながら、このくらいの資金を貯めてからでも遅くない。何らかの事情で本当に用意できないケースはあるにせよ、他人に株や利益を渡してまでスキップするほど、急ぐ必要はない。
出資を受けるということは、この後に書く代償を全部背負うということだ。数百万円の資金は、その代償に見合わない。
理由2:「経営者だから何かしてくれる」は、まず起きない
次に「人を巻き込む効果」について。ここが一番の誤解だと思う。
出資してくれるのが経営者だと、「この人は経営を分かっている」「人脈がある」「だから何かしてくれるはずだ」と期待しがちだ。でも現実には、その”何か”はほとんど起きない。多くの場合、「とりあえず出すから、あとはやっておいてね」で終わる。
理由は単純で、パーソナルトレーニングという仕事において、他業種の投資家的な人ができることが、そもそも多くないからだ。立ち上がりのときに一緒にチラシを配ってくれるか——まず、考えにくい。お金は出せても、現場を動かす部分では手を貸しようがない。
なのに、取り分は持っていかれる。よくあるのは利益折半、実務をトレーナーが全部やるからと配慮されても、トレーナー7・出資者3くらい。少なくとも3割は取られる。現場を回すのは全部自分なのに、これはかなり重い。
理由3:そもそも、投資家が期待するほど儲からない
もう一つ、構造的な問題がある。パーソナルジムは、うまくいっても、投資家が期待するほどのリターンが出ない。
お金を出す人は、たいてい「ちゃんとやれば、これくらい儲かるだろう」という皮算用を持っている。30万円の回数券を、毎月10人集めて売れば——という計算だ。でも現実は、そんなに単純ではない。
そして何より、キャパシティの上限がある。トレーナー一人がこなせるセッションには限りがあり、かなり繁盛しても月150〜200件あたりが一つの天井だ。個室規模で数百万円の投資に対して、リターンが月に十数万円、という着地も普通にある。
ここで、危険な温度差が生まれる。トレーナー本人にとっては、人生を賭けた大勝負だ。でも投資家にとっては、「10件投資して1件当たればいい」うちの1件でしかないことが多い。残り9件のうちの1つがダメでも構わない、という感覚だ。本人が背水の陣で臨んでいる横で、出資者はそこまで本気ではない。この温度差は、後々必ず効いてくる。
理由4:一番の資産だった「自由」を、最初に手放す
小規模ビジネスの最大の強みは、意思決定の速さだ。教えるのも、値段を決めるのも、やり方を変えるのも、最初は自分一人で全部できる。この身軽さこそ、スモールスタートの価値だ。
ところが、出資者というステークホルダーを入れた瞬間、それが失われる。「お金は出すから自由にやって」と言ってくれる人でも、相談なしに大きく変えることはできないし、意思決定にワンクッション挟まる。せっかく一人で速く回せる規模なのに、全部が遅くなる。独立したはずが、身軽さという一番の武器を、最初に手放してしまう。
では、出資を受けていいのはどんなときか
ここまで否定ばかりしてきたが、「絶対にダメ」ではない。出資が理にかなうケースもある。ただ、それは条件がはっきりしている。
最初から、上場するくらいの規模を目指すとき。
個室で数百万のスモールスタートではなく、1,000〜2,000万円をかけた大きめの店舗を、10店舗、20店舗と展開していく。1店舗で年商1億円を狙い、20億30億の規模で利益を出して上場を目指す——そういうスタートアップ的な進め方をするなら、個人投資家やベンチャーキャピタルを入れて大きな勝負をするのは、むしろ正しい。
ただし、ここには冷静な但し書きが要る。パーソナルジム業態で上場まで行った例は、まだ数社しかない。
しかも、その規模まで行くと、たいていパーソナル単体では頭打ちになる。上場するからには、その先の成長も示し続けなければならないから、結局は他の事業に広げる必要が出てくる。
24時間ジム、女性向け、あるいは異業種——「そのお金で、次に何をやるのか」まで描けているかが問われる。パーソナルジムがやりたいだけ、なら、上場規模の出資はそもそも向いていない。
もう一つは、出資者が本当に”戦力”になるとき。
単なる資金の出し手ではなく、BtoCの店舗ビジネスやマーケティングに強い人。とりわけフランチャイズに知見があり、オーナー候補を何人も、場合によってはメガフランチャイジーを連れてこられるような人脈を持つ人。本部の仕組みさえ固めれば、あとは資金と人脈で一気に多店舗展開できる。こういう相手なら、入れる価値がある。
要は、「1店舗テストしてうまくいったら、2億出すから一気に展開しよう」というレベルで伴走してくれる人かどうか。そこまでの熱量とパワーを持つ一人を引き込めるなら、話は別だ。
でも、現実にはそんな投資家はまず現れない。そして、そういう相手を惹きつけられるのは、本人のビジョンと熱量が相当に高い場合だけだ。「なんとなく、いつか自分の店を持ちたい」くらいの温度では、そこまでの人は動かない。
結局、覚悟を持てるかどうか
多くのトレーナーは、「いつか自分の店を持ちたい、お金が貯まったら」と、ぼんやり思っている。その状態で、たまたま声をかけられたからといって飛びつくのは、やめた方がいい。
明確なビジョンがあるわけでもなく、始めてしまえば簡単には引けない。出資してくれた人は思ったほど儲からず、本人は自由がなく、頑張っても手残りは減る。どちらにとっても、あまり良い結果にならない。これまで見てきた範囲でも、そう思う。
正直、感覚的な話をすると、人にお金を出してもらって始めたジムの方が、潰れている印象がある。一桁ではなく、十件は知っている。逆に、自分の金で始めた人は、けっこう粘って続けている。
この差は、たぶん気持ちの問題だ。「引き抜きで始めると、自分で集客する力が身につかない」という話と、根っこは同じだと思っている。楽に手に入れた資本は、覚悟を奪う。自分の金を賭けていないと、追い込まれたときに踏ん張りが効かない。逃げ場があるからだ。
だから、独立したいなら——他人の財布ではなく、自分の覚悟から始めた方がいい。遠回りに見えて、それが一番、続く。

